クロスケのブログ

この人の彼女って苦労しそう

2017-02

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いしいひさいち『女には向かない職業』

◆いしいひさいちの漫画が、おれは大好きです

キャラの描き分けのバリエーションがすさまじく
それらがいちいち可愛く、非常にリアルな表情を見せていて
読むたびにその技術と画力に圧倒されてしまう

いしいひさいちの描く世界は
徹底した脱力感と明朗快活なニヒリズムに支配されていて
そのへんがおれごのみで、とてもいごこちがいい

『ののちゃん』は大好きだし
『ホーホケキョとなりの山田くん』は
スタジオジブリの映画の中で一番好き
あれは素晴らしい出来でしたなあ


◆『女(わたし)には向かない職業』の主役は
あの『ののちゃん』の担任であった、藤原先生だ

いしいひさいちの描く女の子は
おれの中の「漫画界かわいい女の子ランキング」では
トップランクに位置されておりますが
その中でも、藤原先生が一番好きです
簡素な描線の中に、きちんと色気と可愛さが凝縮されていて
何をどうしたらそこまで描けるようになるのか本気で知りたい

やぶにらみの表情が一番いい

小学校教諭と新人推理作家の二足のワラジ生活を経て
作家として一本立ちしてからのトンチキ執筆活動を描く漫画
教師と作家のそれぞれの顔がみられてとてもおとく感
第二巻では女子高生時代の姿も描かれててさらにおとく

藤原先生、かなりおれの好みのタイプの女性で
全体的にガタガタな自制心の持ち主
よく言えばおおらか、悪く言えばズボラな性格は
教師時代からいかんなく発揮されており
生徒のほうでも、扱いに困ってるごようす
自分にも他人にもなにかと無頓着なひとらしい
こういう人好きだなあ

周囲に呆れられながら
才能と美貌だけでオトナを押し通すさまは、痛快
かくありたいものだ
どことなく種田山頭火を思わせるな

いしいひさいちのフィルターを通して描かれる世界は
みんないつもどっかしら慌ててるのに
実にのんきな予定調和にここちよく収まっていて
ひとつの理想郷をなしている
これもまた漫画の極北だと思う
かけだし漫画家として、後塵を拝させていただいております

ウィザーズオブコースト『マジック:ザ・ギャザリング』

◆おれはゲームがだいすきな人ですが
どのジャンルが好きかといったらば
これはもう、「格闘ゲーム」と「カードゲーム」にとどめを刺します
おたくです

今日は、元祖トレーディング型カードゲーム
『マジック:ザ・ギャザリング』(以下マジック)で、だべる


◆といっても、実は、今はやっていない
高校生の頃ははまってたのだけど

第一に、相手がいないこと
第二に、お金がかかりすぎること
第三に、対戦ゲームとしてのバランスに疑問を感じたこと
以上の理由で、買ってません

でも、カードイラストは大好きなので
新しいカードセットが出るたびに
オールカラーで全て掲載されているガイドブックを購入して
堪能しておる

ゲームは好きだけど
ゲームの中の世界観にはのめりこめなくなって久しい
大人になっちゃった今、おれにとってのゲームは
物語ではなく、オモチャにすぎなくなった感があります
いま、世界観に感情移入してのめりこめるゲームは
任天堂の『MOTHER』シリーズと
この、マジックぐらい

アメリカ産ゲームであるマジックのカードは、かっこいいです
イラストが猛烈にうますぎて、魅せ方もすごいし
全体的に殺伐としたストイックさも、すごくおれごのみ

ストイックとはいっても
たぶん、日本人の目で見てるからだと思う
露出度の高い女の子もいるから
本場アメリカ人からすれば、日本でいうところの
いわゆる「萌え要素」というのもあるのだろうけど
日本人が見れば、みなさん濃い顔のいかついねえちゃんなので
商業的な媚が見えてしらけるということがない、てことでしょうか

「理解できない」ことの利点は、大きい

あとカード名がとてもよいです
英語名を日本語に翻訳する過程で生まれる言葉は
日本人の発想ではそうそう出てこないようなものも多く
日本語好きとしては、すごく刺激されるのだ

そういういかしたカード群は
ゲームをやらずとも集めてみたくなるけど
なにしろ金食い虫だし
集めてると、すぐにダブりのカードが山のようになって
ダンボール箱なんぼとかになるので、よしてる


◆マジックというカードゲームに触れて、すごいと思ったのは
弱いカードはコストが安く、強いカードは高い、というシステム
単純なようだけど、これには感動しました

たとえばドラクエだったら
メラゾーマを覚えたら、メラを使う理由は絶無である
そこまでいってると、敵も強くなってるから、メラなんて効かない
だけど、結局、数字のケタが大きくなっただけで
スライムにメラをかけるのも、キングスライムにメラゾーマをかけるのも
やっていることは全くおんなじです

でもマジックでは、メラにも意義がある
最初は強力な魔法なんて使えないから、魔力が貯まるまで
少ないコストで出せる弱い魔法を使いまわして持ちこたえることになる
終盤戦になっても、小回りが利くという理由で、弱い魔法の活躍の場は残る

そういう、適材適所というか
どんなものにも存在理由があるという世界が、とてもここちよかった

実際には
「コストが安いくせに威力が高い魔法」が横行して
けっきょく、弱い魔法はほとんど出番がないのが実情なんだけどさ
《タルモゴイフ》って、なんだ

すごく可能性を感じたシステムでしたよ


◆このマジックが、アメリカ本国でヒットしたことに端を発する
トレーディングカードゲームというジャンル
日本では、子供やおたく向けの販売戦略としてすっかり定着してる
人気漫画がアニメになったら、必ず、カードゲームも出ます

日本産のは、なんだか、萌え系のが多くて
おれの好みにはあわない
『レンジャーズストライク』(特撮ヒーローもの)は
絵がものすごく描き込まれてて、おののいたけれど
特撮、知りませんし

カードゲームというのは、すごい売り方をしていて
こんなもんよく成立してるなって気も、おれとしてはする

数百種類からなるカード群の中から
1パック(およそ5~15枚)を数百円で売る、というもの
そうして集めたカードの組み合わせは無限大!
世界で一つの、自分だけのデッキで戦おうッていうのが
トレーディングカードゲームのたてまえなんですが

実際には、強いカード、強い組み合わせというのが
あッというまにネットやらなんやらで流布するので
そうした強いテンプレートにのっとって
必要なパーツを買い集めていく、というのが
対戦ゲームとしての実情みたいです

けっきょく、何百種類あるカードの中で
使われるカードは、いいとこ百種類あるかないかみたい
これは開発元も、ある程度意図してやっているらしくて
こんなん何に使うねんっていう弱いカード、多し

トレーディングカードゲーム、すごい沢山あるんですが
どれもこれも似たような状況になってて、なんだか寂しい
とてもかっこいい、いかすカードを手に入れても
弱いからデッキには入れられなくてガッカリ、てことが重なって
フラストレーションがたまる
とくに好きでもないのに、強いからという理由で集めたカードで
デッキ作って勝っても、べつに楽しくないとおれなんかは思ってしまうのだけど

何百枚、何千枚とカードを買い集めて
ようやく対戦ゲームとしてのセオリーを掴めるのが
トレーディングカードゲームですが
そこまでお金かけてつきあって、ゲーム性を理解したところで
好みに合わないってわかってしまったら
あとに残るのは、失ったお金と時間と山のようなダブりカードばかり

すげー非効率的
なのでおれは、テレビゲームでしかやりませんです、カードゲーム
しかしこういう、少数派のマニアをあてこんだ販売法が
きちんと商売として成立しているという実態は
とても面白く、すごいことのようにも思える


◆というわけで、ガイドブック見てるだけのおれですが
最新のカードセット『シャドウムーア』の本をかってきましたので
ちょっと、気になったカードでだべっていきます
わかんない人はおいてけぼるよ!

カード名クリックしたら、絵がみられますよ


《復讐の亜神》

ぶっ壊れてるというか
今回の客寄せパンダみたいな位置にあるカード
単なるバランスブレイカーって気がするけど
こういうのが活性化につながっている側面もあるみたい

飛行と速攻という組み合わせの有用性は
《刃の翼ロリックス》が確立した勝利の方程式だけど
プレイしたときに墓地から引っ張ってこれるのは、やりすぎだ
プレイ誘発型だから、打ち消されてもリアニメート成立
どう転んでも大丈夫な、はずれクジなしの万馬券という印象

黒と赤という組み合わせは、おれもよく使ってたし
絵的にもかっこよくて大好きなんだけど
ここまでやられるのも複雑な気分です


《黄昏の番人》

すんげー腕の長いおねえちゃん

これもかなりやりすぎ度は高いけど、まあ大丈夫かしら
5マナと6マナの差は、でかいし
復活能力も、直接場に出すのではなく手札に戻すというところに
良心をかんじます
かっこいいので使ってみたい


《ミストメドウの身隠し》

この絵、なんか大好き

コスト3以上に対するプロテクションという
非常に稀有な能力を持ったキスキン
以前のセット『未来予知』に出たときは、将来的に
マナコストの点数に着目したセットが出るのかと思ったけど
蓋をあけてみたら、こいつだけでした

《眼腐りの終焉》をよせつけないのはちょっと面白いけど
どっちみちこの程度のクリーチャーにそこまでしません
リミテッドで、独特の使用感を味わってみたいな


《アッシェンムーアのしもべ》

素晴らしいッ
パワーが高くてタフネスが低いというクリーチャーは
パッと見は気持ちいいけど、実際はすぐ死ぬので
使われないことがほとんどだけれど
こいつはそのフラストレーションをぶっとばしてくれる性能だ

立ってるだけで強いし、殺したら焼きますよっていう
死なばもろとも的やけくそ能力が、すごいおれごのみです
いかすー


《うろ穴生まれのバーゲスト》

能力的には、「重い」のひとことでかたづけられるキャラですが
絵本みたいなイラストが大好きです


《難問の鎮め屋》

すごい……
打ち消し呪文への対抗策というのも、ちょろちょろあるけど
ここまでお手軽で安定しているのは初めてじゃなかろうか

問題は除去への耐性が絶無なこと
青単色にはけっこう効きそうだけど、どうだろ


《曲がりくねりのロシーン》

X呪文限定の強力ブースト、おもしろいです
《永劫の年代史家》の待機がやりやすくなるなー


《ブリン・アーゴルの白鳥》

なにこれー
すごいけど、難しそう
相手にしてみれば《火葬》が、2マナで3枚引けるカードになるということ
大丈夫なんでしょうか

パワー4の主砲として使うなら、いろいろと露払いが必要になりそうだが
そういう手間のかかるカードが強いかどうかは怪しい
でも使ってみたい


《薄暮の大霊》

《復讐の亜神》もすごすぎるのだけど
実際には、この《薄暮の大霊》
現環境での強力なライバルになると睨んでおります

書いてあることは、単純ながらすごい
青、黒、赤に対するプロテクションは圧倒的すぎる
白と緑にはノーガードだけど、もともとこのふたつは
クリーチャー除去は得意じゃないので、平気だ
最近の白は《忘却の輪》などがあるので
ちょっと不安だけど

なにより、『シャドウムーア』では
多色というか、マナ混成カードがメインになっている
色を複数持っていると、プロテクションにも引っかかりやすく
《薄暮の大霊》のプロテクションが機能する機会は
想像よりもはるかに多いとみた

要注意っぽいぞ


《増え続ける荒廃》

『ローウィン』の《増え続ける成長》を単純にひっくり返しただけの呪文だけど
そのポテンシャルははるか上になっとる
なにしろ、一枚で三体除去できるんだぜ
相手のクリーチャーが二体以下だったら、自分のにカウンター置くハメになるけど

-1/-1カウンターを置くシステムは、今回多い
《真夜中のバンシー》《クルラスの騎士》なんかとの組み合わせが面白そう


《茨見張りのカカシ》《魅了縛りのカカシ》《ピリ=パラ》
 《小枝の戦這い》《閉じ顎の噛みつき》《不気味な戯れ児》

今回ツリーフォークがあんまりいないなと思ったら
アーティファクトとして、変わり果てたお姿になっておられた

かっこええー
カカシシリーズ、実にいかしたビジュアルです
カカシデッキ、ぜひ作ってみたい

このところ、邦訳がどんどん奔放になってるなと思う
こんなネーミング、思いつかんですよ

カード的には、まあ、弱いが


◆このところ、クリーチャーの強化が目立つ
おれもクリーチャーで殴り殺したい派なのでうれしいですが
ちょっと試合運びがシンプルすぎる気もするな

強力クリーチャー対除去呪文の応酬で
先に弾が切れたほうが負けみたいなかんじか

山札切れ狙いとか、変なデッキの活躍にも期待したいです

2008/4/24

◆あの、このタイトルの日付
最初は漢字で表記しようと思ったんですよ
でも西暦まで漢字で書くとしたら、こうなるわけです

「二千八年四月二十四日」

なんか、すごくおさまりわるくないですか?

二千と八の間に、なんかほしいよなー
すごくおさまりのわるい時代に生きてるんだなあと思って
なんだかおちつかなくなってしまったよ

一九九八、とかならおさまりいいのに
今それやったら、二零零八だ、なんか変
いい時代であったのだなあ
フハッ


◆今日はまちにまった
『大乱闘スマッシュブラザーズX』の
攻略本のはつばいび
ひとっぱしりかってきた

スマブラXの攻略本
なんか、いろんな出版社から
同時にずらーっと発売されてて、びびる
そういうもんなの?
とりあえず、大丈夫なファミ通のを選びました
エンターブレイン様には毎度お世話になっております

しかしブ厚いこと、狂気のジャスト800ページ
人も殺せる厚さ、広辞苑にせまるいきおいだ
他のゲームで、こういうブ厚い攻略本見ると
頁が厚いんだし、重いし読みづれーだろと常々思ってましたが
好きなゲームで出るとホクホクしてるんだから
げんきんなものです
読みづらいけどさ

格闘ゲームの攻略本は
技表とか読んでるだけで時間を忘れるので、大好きです
ゲーメストムックで何時間でもつぶせていた少年時代


◆山口県の母子殺害事件の被告に
死刑判決が下ったそうです

こうした事件は、毎度大きく報道されるので
感覚が麻痺してきてしまうところもあるが
毎回思うことがある

家族を殺されようが、財産を騙し取られようが
犯人への制裁措置に関して
被害者は全く関与できないのだよな
司法裁判に委ねられた時点で
「家族の問題」は「社会の事件」として横取りされ
当の被害者はカヤの外、一切の決定権をもらえないまま
司法が裁き、社会が納得して、事件が終わったことにされるのを
ただ指くわえて見てるしかない

法を無視した犯罪に対して
被害者は法に縛られたままというのは
どうも釈然としないなあ
どうにも、やられ損に思える
みなさん
自分だったら納得できますでしょうか

こういう思いが
必殺仕事人とかワイルド7とか
そういうキャラを生み出してきたのかもしれんなあ

かといって
私的復讐を認めると、社会秩序が危ういのも
わかるつもり

自分、社会というものに対して
その必要性も功績も認めてるけど
感情的には、だいきらいです


◆当ブログのリンクに、またひとつ追加さしていただきました

『Ciel』/大隈(ジャック・ハムスター)さん
とてもうつくしい光彩の絵をかかれるおかた
戦闘機もいかす、この光の表現にはあやかりたいものです

以前ホームページをやってた時にも
お世話になってたので
勝手に継続貼りしてまいましたが
今後ともよろしくおねがいします

SNKプレイモア『どきどき魔女神判』/バンダイナムコゲームス『DUEL LOVE』

blog1.jpg

◆ニンテンドーDSにおける
愛すべき馬鹿ゲーム二大巨頭
よくぞまあやってくれたものです

おなごの身体をまさぐり
あわよくばちちをもんだり揺らしたりしようというのが
『どきどき魔女神判』
逆に、美少年どもの身体を同じくまさぐり
あわよくばヘブン状態にいたらしめようというのが
『DUEL LOVE 恋する乙女は勝利の女神』
こっちは女性向け

上下二画面のうち、下側のタッチスクリーンに
タッチペンで触ることで直接操作できるというのが
ニンテンドーDSの最大の特徴ですが
それを悪用したのが、このふたつということになりますか

おれはオスなので
『どきどき魔女神判』を、やりました
『DUEL LOVE』は、さすがに触っておらず
パッと見の印象だけで喋りますが、勘弁されたし
絵柄によってはやったかもわかんない


◆合法的にまさぐるべく、これらのゲームは
実に自然な物語設定がほどこされておる

『どきどき魔女神判』は
一般市民にまぎれこんでいる魔女をあぶり出すために
あやしいおなごの身体をまさぐって
魔女の身体に刻まれている刻印をさがすのが目的

『DUEL LOVE』は
夜な夜な旧校舎で格闘大会「B-1」が行われる学園で
選手である男子生徒に接近し、マネージャーとして
汗をふいてあげたりシャワーをのぞいたりマッサージしたりするゲーム

君達は馬鹿か
うれしくなってくるほどの阿呆ぶりです
こういう馬鹿を真剣にやってくれる人というのは
必要だし、貴重だと思う
人間まだまだすてたもんじゃねえな!

緩急をつけたテクニカルなタッチを駆使することで
対象をあはんうふんな気分にさせれば
よい成績を残すことができるというゲーム性は
両方に共通しています

ばかだねえ

もっと他にやりたいことがあるんだろうけど
そこは健全なにんてんどーDSなので
寸止めの可愛いイタズラでことをすましてるようだ

『どきどき魔女神判』は
えろげー紛いのきわどいセリフがこれでもかと盛り込まれており
露骨に狙ってきております

こういう、直球を避けたほのめかすような表現で
きちんと楽しんだり興奮したりできるというのは
もしかしたら人間の、すごく品のいい叡智なのかもしんない


◆いい意味で、これは
子供の発想なんじゃないだろうか

インベーダーやらファミコンやらで
テレビゲームという文化が一般に浸透しはじめた頃
子供だったひとたちが、いま大人になってゲームを作ってる

「客が喜ぶものを」というのが大人の発想だとしたら
「自分たちがやりたいものを」というのが子供の発想だと思う
一昔前だったら、こんな馬鹿なゲーム
大多数に売れないとか、一般良識から外れるとかいう理由で
GOサイン出なさそうだけど
いまは、ゲームで遊んできた世代が、やりたいゲームを作ってしまう

こういう子供っぽい馬鹿を受け入れる客層も開拓された感
昔は大ヒットを狙って、常に小学生ぐらいをターゲットにしてきたけど
いまはいろんな客層があって、面白い

子供ならではの、自由な発想力を感じる
ゲームという表現がこなれてきたということかな
文化としてのゲームは、まだまだこれからだと思いました

商品としてのゲームは、これまで
システムの目新しさやグラフィックの美しさで競われてきた
でもそれも、いいかげん頭打ちになってきた感もどこかでする
これら馬鹿ゲームや、任天堂の『MOTHER』シリーズとかみたいに
技術よりも発想で勝負するのが、これからのゲーム競争なんじゃなかろか

すべからく文化、表現というのは
サブカルチャーになってからが面白いと
おれとしてはおもうのです

こういう馬鹿を
いずれはおれもやってみたいと思うんですが
おそらく、生半な信念とセンスではできないだろうな

尊敬


ラ・ロシュフコー『箴言集』

◆やたらと共感しどおしだった本
座右の書にしようかしら


《われわれの美徳は、ほとんどの場合、偽装した悪徳に過ぎない》


このような序文からはじまる、この箴言集
十七世紀の文学者ラ・ロシュフコーさんが執筆したもので
序文にあるように
人間の偽善やごまかしを、これでもかとばかりにあばきたてた
実に胸のすく名著です
しかし四百年も前なのに、ぜんぜん古さをかんじないなあ


◆人は大昔から、自分や他人のすることを
愛やら度量やら奉仕やら、いろんな美辞麗句でかざりたててきました
それもロシュフコーさんにかかれば、以下のようになるみたい


《16 人びとが美徳とするこの寛恕は、ある時は虚栄心、間々怠惰、しばしば危惧、そしてほとんど常にこれら三つ全部の協力によって実践される。》

《143 われわれが他人の美点を褒めそやすのは、その人の偉さに対する敬意よりも、むしろ自分自身の見識に対する得意からである。だから他人に賛辞を呈しているように見える時でも、実は自分が賛辞を浴びたいと思っているのである。》

《177 あくまでも忠実であることは、非難にも称賛にも値しない。なぜならそれは、好みと感情という、人が自分から取り除くことも、自分に与えることもできないものの持続に過ぎないからだ。》

《409 われわれの最も立派な行為も、もしそれを生み出したすべての動機を世間の人に見抜かれれば、われわれはしばしばそれを恥じることになるだろう。》

《463 自分の敵の不幸を憐れむのは、多くの場合優しさよりも傲慢からである。彼らに同情のしるしを示すのは、自分の方が優位に立っていると思い知らせるためなのである。》


善意や向上心のためだと人が称するあらゆる行為を
ラ・ロシュフコーは、かたっぱしから
欲得や嗜好による打算にすぎないと看破してしまう
どんな善行も、無償の愛すらも
虚栄心というレッテル貼りひとつで美徳の仮面をはがされちまいます

ロシュフコーさん、かなり性格悪そうだぞ

いろんな著名人に反撥されたらしい、この箴言集
人間はどこまでも俗物であり、高潔な精神などは幻想だといわんばかりです
はははははははははははははは
おれの考え方とほとんどいっしょで、実に痛快


《77 愛は、人びとが愛ゆえと称する無数の駆け引きにその名を貸すが、ヴェネチア総督がヴェネチア共和国で起きることについて与り知らないように、そういう駆け引きは愛の与り知らぬものなのである。》

《187 美徳の名は悪徳なみに有効に欲の役に立つ。》

《262 恋ほど自分自身への愛が強く支配する情念はない。そして人は常に、自分の心の安らぎを失うくらいなら、恋する相手の心の安らぎを犠牲にしようときめているのである。》

《235 友達の悲運も、それが彼らに対するわれわれの友情を示すのに役に立てば、それだけでわれわれは悲運のことはさっさと忘れてしまう。》


自分の愛とか、善意とか、人はことさら主張するけれど
そういった動機の説明を、なんでわざわざするかというと
発言力や影響力を得るためのかけひきであることが多い
こんなに立派なわたしのいうことをききなさい、ということ


◆遠慮会釈なしに言いたい放題いいたおすロシュフコーさん
人間の弱さについても、すごい辛辣に糾弾する
われわれが日常、自分自身に対して
ほぼ無意識に行っているごまかしも、見事にあばいてくれやがります


《31 もしわれわれに全く欠点がなければ、他人のあらさがしをこれほど楽しむはずはあるまい。》

《107 断じて媚は売らないと標榜するのも一種の媚である。》

《184 われわれが自分の欠点を告白するのは、その欠点のせいで人から悪く思われた分を、率直さによって埋め合わせるためである。》

《389 他人の虚栄心が鼻持ちならないのは、それがわれわれの虚栄心を傷つけるからである。》

《398 われわれが自分のすべての欠点の中で最もあっさりと認めるのは怠惰である。われわれは、怠惰は柔和な美徳のすべてに一脈通じるところがあり、かつ他の美徳も完全にうち崩すわけではなく、単にその働きを遅らせるだけである、と信じ込んでいるのである。》


184と、398がすごいな
なんだか、日本人特有の、公開日記の文章のいやらしさに
もののみごとにあてはまる気がする
これ意識したら、ブログがかきにくくなるなあ


《22 哲学は過去の不幸と未来の不幸をたやすく克服する。しかし現在の不幸は哲学を克服する。》

《89 誰も彼もが自分の記憶力を慨嘆し、誰一人として自分の判断力を慨嘆しない。》

《296 少しも尊敬していない人を愛すのは難しい。しかし自分よりはるかに偉いと思う人を愛することも、それに劣らず難しい。》

《347 われわれは、自分と同じ意見の人以外は、ほとんど誰のことも良識ある人とは思わない。》


人の傲慢な自意識についても言及している
けっきょく、人は、どんな偉人の思想よりも
自分の判断力を優先するし、そうするしかないみたい


《338 われわれの憎悪があまりにも激しい時、その憎悪はわれわれを、憎んでいる相手よりも一段劣る人間にする。》

《411 人は、欠点を隠すために弄する手段より以上に許しがたい欠点など、めったに持っていないものである。》

《431 自然に見えたいという欲求ほど自然になるのを妨げるものはない。》

《481 真の善良さにも増して稀なものはない。善良だと自分で思っている人さえ、ふつう、愛想のよさか弱さしか持っていないのである。》

《583 親友が逆境に陥った時、われわれはきまって、不愉快でない何かをそこに見出す。》


いちいち耳がいたいこと
自分の欠点を糊塗しようとする人間の滑稽さよ

すくなくとも、おれ自身は
ほぼすべてを自分のこととして読みました
ここまで内心を暴かれると、逆にすがすがしい


◆この箴言集を、真面目に読んだ場合
気が楽になる人と、暗澹とさせられる人に
おおむね分かれるんじゃないかと思う

人は高みに向かっていくべきだと考えている人は
怒るか、意気消沈するか、でしょうか

おれは、すごく気が楽になりましたです
いいじゃないですか、人間、こんなもんで

ここまで言っておきながら、ラ・ロシュフコーは
真の善意、真の高潔さを人は持ちうる、という前提に立っているみたい
この箴言集であげつらったような偽善は、すべてにせものなので
本物の善、真に高い人間性を目指そう、と書いている

しかしここまで書いてると、何をどうやっても
偽善のそしりはまぬがれないように思えるな
けっきょく、善と偽善をはっきり分ける境界線は
見る者の基準、嗜好によるんじゃないだろうか

気に入った人はほめあげて
気に入らない人はこきおろすために、つかいまわされる道具
言葉、論理なんてのは、元来そういうもんだと思います

ロシュフコー本人も、結局自家撞着に陥らざるをえなかったみたい
「自画像」と題された、自己を評価した短文があるけれど
併記されている、レ枢機卿の書いたロシュフコー評と
えらいくいちがってて、わりとゆかい


◆ロシュフコーの箴言は、正しいのだろうか
おれとしては、それはどうでもよいな
役に立つ言葉なのはたしかなのだ

この箴言集は、おれのみたところ
いわば「こきおろし方レシピ」みたいなものです
この箴言集を参考にすればどんな人間が相手でも悪口がいえるぜ!
なぜというに
善意や虚栄心の有無といった、人間の内心を突いているからですね
こういうのは、証明する方法がないので、いくらでも叩ける

いまひとつの使い方としては
自戒のために唱えるということ
いつ読んでも、自分をいましめる言葉は見つかると思う
思い上がりたくないという人には、役に立つぞきっと

そういうふうに
他人を内心でこきおろしてストレス解消したり
自分をいましめたりするのに、すごく使える箴言集だ
これらの言葉に正誤を問うなら、それは、相手次第です


《436 人間一般を知ることは、一人の人間を知るよりもたやすい。》


ロシュフコー自身がこう書くように
一般論だったら、いくらでも的を得たことが言えるけど
いざ一人の人間を相手に、実地において
箴言でやってけるかどうかは、実にこころもとないですね


◆ロシュフコーのなしたことは
人間の矮小化だと見る向きもあるだろうけど
おれは、また違う見方になる


《305 私欲は諸悪の根源として非難されるが、善行のもととして褒められてよい場合もしばしばある。》


おれとしては、この言葉を拡大解釈したいな
けっきょく、人は、私欲や虚栄心で動くわけだけれど
別にいいではないか、それで
立派なもんじゃないですか


《 誰もが他人を犠牲にして自分の楽しみや利益を見つけようとする。(中略)相手より自分を大事にしたい気持は、あまりにわれわれにとって自然で、これを棄て去ることは不可能だから、せめて隠す術ぐらいは心得るべきであろう。》


書中の『考察』では、このように書かれてます
内心がどうであろうと、それをうまく隠すことがだいじということ

これは、救いです
心の中が虚栄や嫉妬に満ちていようと
大事なのは外面や結果なんだな

人間、誰しも心の中はろくでもないものだ
それを受け入れ、許容できたら
人間社会は、すごく生きやすくなる気がしますな

愛とか善意とかを標榜する人を
おれは、信じません
ほんとにそうなら、わざわざ言う必要はないのだ
相手が喜んでいるかどうかという結果が大事なんだけど
結果を気にするより前に、自分の立派さばかりを言い立てる人は
おおい
虚栄心や自己満足のために、他人をだしに使っているひとたち
そういうのが、おれはきらい
居直って悪事やってる人のほうが、ずっと好感が持てます

自分の中の卑しさや悪徳を認めずに固持するひと
そういう人が
けっきょく、人の世の暴力を担っているような気がしてなりません

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Author:伊藤黒介
かけだしまんがかです

メールアドレス:
kurosuke662000@yahoo.co.jp
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