クロスケのブログ

この人の彼女って苦労しそう

2017-03

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筒井康隆『巨船べラス・レトラス』

◆自分は筒井康隆の大のファンで
誰の小説をいちばん読んできたかといえば
このおひとです

『巨船べラス・レトラス』は
筒井氏お得意のメタフィクショナルな手法で書かれていて
恣意的に強調されたその要素のために
時間軸や空間軸が複雑に交じり合っておる
行間がなく、かなり唐突に場面の転換があって
そのたびにあれ、という軽い混乱があります
階段を下りていて、最後の段を読み誤って
下りるつもりで床におもいきり足をたたきつけちゃうようなかんじか
この感覚が、自分は大好きなのであります
ジェットコースターに乗ってるみたいな、筆致になぶられる快感
こういうやりかたは、筒井康隆よくやっていて
『虚航船団』とか『虚人たち』とかにみうけられる

『巨船べラス・レトラス』のテーマは
「文学の現状」でした
文学、ブンガクというものにはおれぁ疎いです
趣味の濫読で、系統立った読み方はしてませんしな
でも、こういうエンターテインメントとしての文学論は
とてもおもしろいので、だいすき
『文学部唯野教授』でも、筒井氏には大変楽しませていただいた
『大いなる助走』にも通じる、現場状況のリポートが
かなり痛快

まあ、わかるかと聞かれればわからないし
「作家の使命」とか「読者の質」とかいったことを
考えこそすれ、大上段に論じる気はないつもりです
文学は死んだ、なんて言われているそうで
この作品では、商業主義におもねった作品作り、販売や
文学的向上心のない作家たちが俎上にあげられている


◆漫画の歴史も、そろそろバカにできないというか
漫画だって文学の延長線上にあるとおれは思ってますが
漫画のほうは、文学ほどの権威がまだないから
そのぶんやりやすくはあります
やっぱり何十年や何百年後には
「漫学」なんて言葉が一般に浸透して
少年漫画のあの大家とかが、偉大な精神とか形容されるんだろうか

『巨船べラス・レトラス』に描写されるような
作家同士で、自分たちの作る作品のありようについて
侃々諤々の議論を戦わせる
その昭和文学青年じみた熱気を
おれは疎ましいような羨ましいような気分で眺める
作る人間が、作ったもの、作られたものの是非を論じるということは
どういうことなのか、おれの中ではまだ捉えきれていません
是非を論じるなら、拠って立つ価値基準が問われるけれど
その基準を定義して固めてしまうということは
作品にとってどうなんでしょうか

とりあえず
すげー楽しそうですよね
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